女子更衣室は、お世辞にも綺麗とは言えない。女子トイレがそうであるように。
女性は綺麗である、というのは男性の妄想の範疇か、若しくは過去の文化遺産のようなものであろう。そもそも、らしいといえばらしいのだが、女性は自分とその周りにある物全てを「自分らしく」加工する事を好む。しかし、それが往々にして異性にはわけがわからない異形なものとして見える事に本人は気づかない。言い換えれば、最初は異性に「綺麗」と評されるために施していた細工が自分の趣味へと変わっている事に意外と気づいていない。もっとも、それは男性の趣味でも似たり寄ったりなのだが、その加工の質には性差というものが存在するように思われる。
いずれにせよ、加工の中に一種の箱庭のような作用があるのだろう。油絵のようにしつこく、何度も何度も自分の物やカラダという限られた「カンバス」の中で自分を表現してゆく。
田沢グループのロッカーは、自分たちの更衣室をティーンズ雑誌を始めとして、まるで鏡台のように化粧品で占められている。正反対の位置にある陽子と朋絵は、そういった表立った華やかさはないもののきちんと掃除されてあり、清潔感が感じられた。とは言え、陽子のロッカーには2匹のペルシアン・シルバーを模ったアクセサリーが隅に飾られてあったし、朋絵のロッカーが華やかでないのは、ただ単にそういうお洒落な自分に変身する勇気と自信がないだけなのだが。
陽子はリグの事を考えていた。朋絵はどちらかというと妹のような人間である為、頼られる事はあっても頼っては彼女の重荷になる。一方リグは長年の親友のような存在であるし、そもそも会話できるのは遼平と会うまでは陽子のみであったことから必然的に強い絆で結ばれている。だから忌憚の無い発言を、時にずけずけと言ってくれるので、かえって思い悩んでいた事がすっきりする時がある。陽子は軽く溜息をついて、アクセサリーの猫の鼻を、つんと触った。
「あ〜あ、宮嶋君と同じ班になりたいな〜。」
先程の屋上での陽子とのやりとりを知っている人間から言えば、どこからそういう声が出てくるのだ、と思うような猫なで声である。声の主は言うまでもない。
「暁美なら大丈夫だよ。ほら、こんなにカワイく化粧できてんじゃん。宮嶋君、きっとヤられるわよ。あなたの魅力に。」
「そっかなぁ。怖いわぁ。」
「何が怖いの?」
「そりゃあ、私の、ミ・リョ・ク。」
「いやだ〜、暁美ったら〜。どんだけ自信あんのよ〜。」
と、ここまでならば一応害の無い、他愛の無い会話である。ところが、いつの世にも自分の欲求を満たす為に一言多くなる人種というものが存在する。更衣室を出ようとする際、暁美と陽子の目が合ってしまう。
「あ〜あ、これでヘンな邪魔者がいないならな〜。」
明らかに悪意のある言い方で陽子を睨み付ける。
「ちょっと海外に行ってたからっていい気になんじゃないわよ。」
「そうよそうよ。ただ単に珍しがられているだけよ、珍獣さん。」
周りの二人も続ける。三人とも体操着には似つかわしくない厚化粧と香水である。
朋絵は今にも泣きそうだ。陽子は、口と、髪を束ねるリボンをきゅっと結んだ。
女性は綺麗である、というのは男性の妄想の範疇か、若しくは過去の文化遺産のようなものであろう。そもそも、らしいといえばらしいのだが、女性は自分とその周りにある物全てを「自分らしく」加工する事を好む。しかし、それが往々にして異性にはわけがわからない異形なものとして見える事に本人は気づかない。言い換えれば、最初は異性に「綺麗」と評されるために施していた細工が自分の趣味へと変わっている事に意外と気づいていない。もっとも、それは男性の趣味でも似たり寄ったりなのだが、その加工の質には性差というものが存在するように思われる。
いずれにせよ、加工の中に一種の箱庭のような作用があるのだろう。油絵のようにしつこく、何度も何度も自分の物やカラダという限られた「カンバス」の中で自分を表現してゆく。
田沢グループのロッカーは、自分たちの更衣室をティーンズ雑誌を始めとして、まるで鏡台のように化粧品で占められている。正反対の位置にある陽子と朋絵は、そういった表立った華やかさはないもののきちんと掃除されてあり、清潔感が感じられた。とは言え、陽子のロッカーには2匹のペルシアン・シルバーを模ったアクセサリーが隅に飾られてあったし、朋絵のロッカーが華やかでないのは、ただ単にそういうお洒落な自分に変身する勇気と自信がないだけなのだが。
陽子はリグの事を考えていた。朋絵はどちらかというと妹のような人間である為、頼られる事はあっても頼っては彼女の重荷になる。一方リグは長年の親友のような存在であるし、そもそも会話できるのは遼平と会うまでは陽子のみであったことから必然的に強い絆で結ばれている。だから忌憚の無い発言を、時にずけずけと言ってくれるので、かえって思い悩んでいた事がすっきりする時がある。陽子は軽く溜息をついて、アクセサリーの猫の鼻を、つんと触った。
「あ〜あ、宮嶋君と同じ班になりたいな〜。」
先程の屋上での陽子とのやりとりを知っている人間から言えば、どこからそういう声が出てくるのだ、と思うような猫なで声である。声の主は言うまでもない。
「暁美なら大丈夫だよ。ほら、こんなにカワイく化粧できてんじゃん。宮嶋君、きっとヤられるわよ。あなたの魅力に。」
「そっかなぁ。怖いわぁ。」
「何が怖いの?」
「そりゃあ、私の、ミ・リョ・ク。」
「いやだ〜、暁美ったら〜。どんだけ自信あんのよ〜。」
と、ここまでならば一応害の無い、他愛の無い会話である。ところが、いつの世にも自分の欲求を満たす為に一言多くなる人種というものが存在する。更衣室を出ようとする際、暁美と陽子の目が合ってしまう。
「あ〜あ、これでヘンな邪魔者がいないならな〜。」
明らかに悪意のある言い方で陽子を睨み付ける。
「ちょっと海外に行ってたからっていい気になんじゃないわよ。」
「そうよそうよ。ただ単に珍しがられているだけよ、珍獣さん。」
周りの二人も続ける。三人とも体操着には似つかわしくない厚化粧と香水である。
朋絵は今にも泣きそうだ。陽子は、口と、髪を束ねるリボンをきゅっと結んだ。
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