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2005年3月6日 Twilight
 昼休み。陽子は、朋絵と一緒に屋上で昼食を食べていた。「彼女たち」を待つためだった。
 不安と戸惑いが錯綜する中、陽子にとっては最も現れて欲しく無い人間がやってくる。
 「やぁ、陽子。隣良いかな?」
いかにも自身ありげな口調で、すらっと背が高い男が陽子の隣の椅子に颯爽と座る。同級生の男にとっては、憎々しいことだが、口惜しくもそれが様になっているのだ。
 「あ…。え、ええ…。」
 陽子は、幾分眉をひそめた。対照的に朋絵は色めき立つ。
 (ちょ…ちょ…ちょっと、陽子!宮嶋君よ宮嶋君!きゃ〜きゃ〜きゃ〜)
 小声で、そう陽子に耳打ちする。朋絵はこういう事に関しては、恥ずかしがらずに積極的な子のようだ。
 宮嶋は、その朋絵の慌てようを知ってかしらずか、髪をかきあげる仕草をする。そして、隣に座っているのに、半身を陽子のほうに寄せる。
 陽子は流石に避けたい気持ちになる。それに少なくとも呼び捨てにされるほど、仲良くなっている印象は持っていない。思わず顔を背けると、目がきらきらと輝いている朋絵の姿が見えてぎょっとした。
 「どう?答えを聞かせてくれるかな?」
 ともかく強引である。まあ、ニュージーランドにもこういう人間は居たのだが、陽子は、あまりそういう異性とは仲良くなりたくないタイプのようだ。
 「え、ええ…と。」
 (なになになになに?陽子、まさかまさか、もしかしてもしかして?)
 いつもの雰囲気からは想像もつかないくらい豹変している朋絵の存在にも陽子はびっくりしている。それくらい、この学校の女生徒にとって、この宮嶋という人間は特別なのであろう。
 「君と僕とはお似合いだと思うんだけどな。」
 そう少し微笑を浮かべながらも真顔で話す宮嶋。どうも、こういった彼の言動は、陽子が帰国子女だから、と言うようなものではなく、彼の性状であるようだ。
 「………。」
 陽子は終始俯きがちである。その様子を、宮嶋は、どうも違う印象のように受け取っているようだ。
 「あ、恥ずかしがらなくて良いんだよ。じゃ、今度でも返事聞かせてよ。」
 そう言うと、宮嶋はさっと、その場を離れ去って行った。
 「いや〜!やっぱり宮嶋君ってカッコいいよねぇ〜!私、間近で見てドキドキしちゃった。」
 朋絵の喜びようといったら無い。陽子は、流石に黙っているわけにも行かず、適当なところで生返事をしたが、その戸惑いは隠しきれないで居た。
 (日本にも、こんなに積極的な人間がいるんだ。)
 陽子は、そう思いつつも溜息をついた。
 しかし、次の瞬間、陽子は、その溜息を飲み込まざるを得ない状況となる。
 凄い形相で例の「待ち人」が来たのだ。
 「ちょっと!楓さん!」
 田沢暁美(あけみ)だ。明らかにヒステリックな様子である。両隣には、いつものように、真季子と晶を従えている。陽子は、わけもなく息遣いの荒い犬に、追い詰められた印象を持った猫のような心境でいた。
 「あなた、どういうつもりなの?よりによって、わざわざ私と会う前に宮嶋君をたぶらかすなんて。」
それを聞いた朋絵は、彼女自身陽子を贔屓目に見ている事を差し引いても、暁美の物言いは見当はずれだと思った。
「ちょ、ちょっとな…」
朋絵が戸惑いつつ反論しようとしても、暁美は有無を言わさずまくし立てる。
「ふざけないで。今まさにやっていたじゃない!私が居ない所でこそこそやって!」
取り付く島がない。その後、しばらく暁美ら三人は、陽子ら二人にとっては意味不明の事を繰り返し、
 「いい!今度、泥棒猫みたいなことしたら許さないからね!」
 という捨て台詞を吐いて、その場を去って言った。不条理だとは思いつつも、朋絵は暁美の剣幕に圧倒されたようだ。
 「陽ちゃん、どうしよう。」
 陽子は、軽く「うん、大丈夫、大丈夫よ。」と返事をしながらも、その後は黙っていた。

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