夏の便り

2004年7月1日 空蝉
 今日と言う日を乗り切れば また一歩私は成長する

 そう自分に言い聞かせて 私は頑張ってきていた

 それでも どうしようもならない日が来るとは

 私の先には 私と同じように傷だらけになりながらも

 ゆっくりと静かに突き進んでいる彼の姿が見える

 それを見ていると 辛くなってくる

 私が

 私自身が

 そんな時 私は思わず心を放り出し

 それを温かく包んでくれる この人へと身を委ねる

 夏の朝ぼらけ

 浴衣の着崩れをなおそうとして それをやめ

 私は縁側から 家の庭をぼんやりと眺める

 そして足を崩したまま ゆっくりと目を閉じ

 緩やかに団扇を扇ぐ

 ふんわりと やんわりと

 ぽっかり空いてしまった穴は 二度とふさぐ事はできない

 昼間は賑やかな この街の朝の静寂

 この場所ですら こういう空間が垣間見れたのだとしても

 それが私に何かを思い至らせるものでもない

 私は縁側にごろんと 横たわった

 はしたない 誰かに見られるかもしれない

 一瞬 そういった気持ちもはたらいたが

 そういった気持ちも 私の体と共に
 
 さらさらさらと消え去って行くかのように感じていた

 何年ぶりだろう 過去の事に思いを馳せるのは

 私は初恋の相手の事を思い出していた

 夏の田舎町にとって唯一といってもよいイベント

 町内花火大会

 ドーンという大きな音と共に

 煌びやかな かがり火のような 

 種々の色の点の集まりが表れる時だけ

 私とあの人は お互いの顔が見えた

 それでも 私は恥ずかしかった事を覚えている

 あの人もずっと黙っていた

 どうしてあの時 お互いに あんなに積極的になれたのだろう

 しばらくぶりに私は不思議に思い さらに思い出してみる

 あの時 私は 白地に花をとりあわせた浴衣を着ていた

 顔に二つ三つにきびができて あの人に会うまで

 とても気になって嫌われないか どきどきしていた

 でも 髪をお母さんに念入りに結ってもらって

 少し自信がついたから あの日は行けたんだと思う

 あれ?

 ここまで来て 私は肝心な事に気づいた

 あの人の顔を思い出せない

 実際 話をすることはあっても 

 きちんと顔を見合わせる事が殆ど無かったからだろうか

 それはあの人も同じはずだ

 あの人 きっと 私の顔覚えていないだろうなあ

 私は ふふっ と笑った

 まるで宝石の無い指輪のような 私の記憶に

 やや嘲りをこめただけなのだが

 これが 私の記憶に 思わぬ菫の王冠を被せてくれた

 

 
 ことばだ

 あの人の お世辞にも 流暢とは言えない

 途切れ途切れのことば その中に

 昔の私は何かを感じていたのだろう

 そうはっきりと気づいた筈なのに 

 そのことばをきちんと思い出そうとしても

 やっぱり霞の先に見える山のように ぼんやりとしている

 でも それがかえって 私の全てをたおやかにした

 私は寝転んだまま体をくるりと回転させ 室内を見る

 この人は私に背を向けて 静かに寝息を発していた

 遠巻きに見るこの人のその姿に 私はどこか可笑しみを覚え

 再び ふふっと 笑った
 

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