森内時代・到来

2004年6月12日 将棋
 将棋界にとって、もっとも名誉あるタイトル「名人」
 昨日、その名人位が交代した。

 それだけでも、衝撃的なニュースだったわけだが、今回の名人交代劇は、確実に将棋界の歴史に残るターニングポイントとなった。

 8年前、将棋界の全タイトル(竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王・王将)を独占し、名実共に、将棋の神が見えた天才・羽生善治。
 あれから、8年。21世紀をまたぎ、羽生は七冠独占時の棋神の如き面影が消える。先日の名人戦において、保持しているタイトルは昨日まで行われた、防衛戦となるこの名人位及び王座位のわずか二冠。対して、彼の小学生のころからのライバルであり、挑戦者である森内俊之も竜王・王将の二冠を保持していた。
 思えば、森内は、いつも羽生の陰に隠れている存在であった。一流棋士として定評はあっても、数年前まで、無冠のままでおり、どこかトップグループから一歩抜けきれないでいた。
 
 ところが、結婚以後、目覚しく彼は強くなり、ついに念願の名人位を奪取する。ところが、羽生に破れ失冠。しかし、勢いは衰えることなく、竜王・王将位を奪取し、今回、再び名人位をかけて、羽生と相見えていたのである。

 結果は、4−2で森内は、奪われた羽生本人から、名人位を奪い返す。これで、森内は三冠になり、羽生は王座位のみの保持者となってしまった。
 他のタイトルは谷川浩司(第十七代永世名人資格保持者)が、王位・棋王、佐藤康光が棋聖を保持しており、長い間トップの座に君臨していた羽生は、これで事実上三番手となってしまったのである。
 勝負の世界、否、どの世界でもそうであるが、永遠なるものはない。栄枯盛衰・諸行無常は世の常である。昔は、時代の流れが遅かった為に、こういった世代交代ともいうべき流れは、何十年もかけて生じたものであるが、近年は、その移ろいが早く、胸の高鳴りを抑えずにはいられない。

 しかし、羽生は弱くなったのであろうか?
 これは、即座に、否、と答えられる。
 では、この不調の原因はなんであろうか?

 これは、私の憶測に過ぎないのであるが、渡辺明、という若手の有望株が、王座戦の挑戦者になり、羽生と対決したころ、羽生は「自分の将棋が古くなっている気がする」というような、彼らしくもない述懐をし、鈍い衝撃を受けた記憶が、当時の筆者にあった。
 将棋界は、そもそも狭い世界であるから、あまり弱味を見せていては、カモになるだけの世界である。ただ、狭い世界であるが故に、必然的に人間関係も重要になり、謙遜する人間は多い。しかし、羽生はそもそも、このような謙遜の仕方をする人間ではないと思われるし、明らかに文脈からして謙遜の印象は感じ取れなかった。

 迷い

 神を見た男に、この感情があるとは到底思えないのであるが、もしかしたら、このあたりを境に、羽生の将棋という魔物に対する見方が微妙に変化していったのかもしれない。
 森内俊之・羽生善治。名前を挙げる際、いつも羽生の方を先述する立場にあったのだが、初めて私は森内の名を先に挙げることになった。書くものにとっても、これほどの衝撃はない。

 両人、いずれもまだ33歳。かつて将棋界において、二大巨頭の時代があった。大山・升田時代である。しかし、結果としてだけ見ると、大山の長期政権時代といっても差し支えなかった。また、羽生・谷川時代もあった。これは、確かに二大巨頭時代といえるが、それ以上に、世代交代という印象が色濃く感じられた。

 今回のタイトル戦で、森内の強さは証明された。
 今後、将棋界は、同い年の二大巨頭時代、という新たな時代を迎えることになった。

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