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2004年1月1日 Twilight
 「転校生を紹介する。君、さぁ、こちらに。」
 数学の岩谷先生−通り名、岩(がん)さん−が、隣にいる陽子を呼びつけた。そして、自己紹介を促す。
 「ニュージーランドから引っ越してきました、楓陽子です。よろしくお願いします。」
 制服が新しいせいだろう、遼平の目には、彼女に制服はどこか不似合いな感じがした。あるいは、先日の私服姿が余程印象深かったからだろうか。
 (おい、あの娘、滅茶可愛いと思わねぇか?)
 隣に座っている東康輔が遼平の腕をポンポンと叩いて、同意を求める。
 (ん、あ、ああ、まあな。)
 遼平は、小声でお茶を濁した。
 陽子の席は、遼平の席から斜め二つ前へと座らされた。早速、隣席の男女から、ニュージーランドの事や、互いの自己紹介など、賑やかになる。
 「こら、そろそろ授業だぞ。休み時間にでも喋ろ。」
岩さんのカミナリが飛ぶ。もっとも、この人は常に雷神のような性格をしているのだが、話の筋が通っているし、何より凄味が半端じゃないことから、かえって厳父のような畏敬の念を男子生徒達から受けていた。

 ともあれ、その日から遼平は、陽子の非凡な才能を目の当たりにする事になる。
 留学していた為、英語ができるのは当然だが、理数系も満点近い得点であるし、スポーツも得意な方であった。遼平が最も驚いたのは、陽子は帰国子女であるのに国語や日本史などにも愉楽を感じることができる人間であったことだ。加えて、すらっとした体型と見目麗しい容姿が、彼女の魅力の底辺を成していた。
遼平は帰国子女というものに、少なからず偏見を持っていた。合理的過ぎるために、どこか険があり、日本に馴染めないのでは、と思う人間を見てきていたからだ。もっとも、遼平が見てきたと言う帰国子女は数人しかいなかったわけであるが。
 
 こうなると否が応でも、陽子は目立つ存在となった。転入後1週間の間に、その噂は学校全体に広まることとなる。だが、遼平は必要以上、人とは交わりたくない人間だったし、厄介事は嫌だったので、学校では陽子とは、なるべく遠い位置にいた。陽子と同居している事を秘密にしていたのだが、これだけ陽子が目立つ存在だと、ばれるのも時間の問題だな、と遼平は溜息をついた。その理由は、なぜ同じ屋根の下に姓の違う同い年の人間が住んでるのか、しつこく詮索する人間が、沢山でてきそうだったからである。遼平にとっては、ただただ、自分の気に入った絵を求め描き続けている時間が取れなくなる心配をするだけであった。

 (それに、あの能力が皆に知られたらどう思うだろう。)

「あの能力」とはいうまでも無い、猫と話せる能力の事である。ただ、猫とは言っても、陽子が連れてきた猫・リグの話しか聞き分けることはできなかったのであるが。

 (あのコは、他の猫や動物とも喋れるのだろうか。)

 当然のことながら、遼平は陽子の学業成績よりも、そういった能力の方が気になっていた。遼平にとっての1週間は、その事に思いを馳せつつ絵を描きつづけるものとなった。思わず、ふとした時に、キャンバスにリグと陽子の絵を描いてしまうたびに、遼平は慌ててそれを手直しする。そういった作業を何度が繰り返していた。
1993,2003-2004

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