事件というものは、いきなり起こるものだ。
高校2年生の初秋、ほんのりとした暖かさがある日。その日の放課後、遼平は、長袖のYシャツを着てきた事を軽く後悔しながら、腕まくりをしていつものように高校の裏手にある丘から緑の多い風景をスケッチしていた。遠くから部活をやって騒いでいる同級生の声が聞こえている。夕焼けで朱色に染まった風景はどこか悲しそうで、どこか彼の心を和ませていた。
うん こういう日は いい
実際、筆が面白いように滑らかに走った。そうなると彼の気持ちはわくわくしてきて、楽しくなってくる。そして、キャンバスの絵が立体的な世界を作り遼平をそこへと誘う。
ああ、なんて良い日なんだ。遼平は実際、この日に感謝していた。こうなるともう、周囲の雑音は耳に入らず、代わりに今まで遼平の心に話しかけてこなかった風景や植物達が歓喜の声を上げてくる。
今まで滞っていた絵が一気に進む。筆洗があっという間に濁る。いつもは面倒だった、300m程離れた水道への水の入れ替え作業も、今日は足取り軽く向かう事ができた。
水を替え終え、戻ると、そこにはいつもと違う風景があった。
「あら、これ、あなたの絵?」
そう言ってにこやかに声をかけてきた女の子は、赤いリボンがついたキャペリンをかぶっていた。
「ああ、そうだけど。」
現実を切り離し、今まで浸りきっていた世界を見られたからだろうか。遼平は気恥ずかしさが出てきて、素っ気無く答えた。
「ふぅん。」
彼女は再び絵のほうへと目を向ける。その際、肩の辺りまで伸びた髪が、微かに膨らんだ。
「なんかいい感じだよね、この絵。」
絵を見たままで彼女は言う。声に少し弾みがある。
どきっとする。
そう言ってこっちを見て浮かべた笑みに、以前見たような懐かしい面影を感じたからだ。
「うん、あ、ああ、まぁな。」
とりあえずの返事に彼女はくすくすと笑った。その時、ワンピースを覆っている、フリルのついた淡い色のカーディガンが蝶のように羽ばたくように見えた。
彼女が帰った後、遼平の筆はぱたっと言うことを聞かなくなった。どうも、作品に集中できない。そればかりか、彼女の事ばかりが頭の中に浮かんできて、思わずカンバスに彼女の絵を描きそうになってしまっていた。
(どうも、ムリそうだな)
そう思った遼平は、道具をしまい帰路に着いた。足取りは不思議と軽い。それに加え、色々物思いながら歩いていたためだろうか、あっという間に家に着いた。
鍵を開け、中に入る。遼平の母はまだ仕事中で、いつものように家の中はしんと静まりかえっている。遼平は台所の上に鞄と画材道具の入ったバッグをぞんざいに置き、洗面所に向かう。
ガラッという音と共に、いつものように口を漱ぐつもりだった。しかし、そこには普段ではありえない光景が見えていた。
「きゃっ。」
下着姿の「彼女」がそこにいたのだ。
1993,2003
高校2年生の初秋、ほんのりとした暖かさがある日。その日の放課後、遼平は、長袖のYシャツを着てきた事を軽く後悔しながら、腕まくりをしていつものように高校の裏手にある丘から緑の多い風景をスケッチしていた。遠くから部活をやって騒いでいる同級生の声が聞こえている。夕焼けで朱色に染まった風景はどこか悲しそうで、どこか彼の心を和ませていた。
うん こういう日は いい
実際、筆が面白いように滑らかに走った。そうなると彼の気持ちはわくわくしてきて、楽しくなってくる。そして、キャンバスの絵が立体的な世界を作り遼平をそこへと誘う。
ああ、なんて良い日なんだ。遼平は実際、この日に感謝していた。こうなるともう、周囲の雑音は耳に入らず、代わりに今まで遼平の心に話しかけてこなかった風景や植物達が歓喜の声を上げてくる。
今まで滞っていた絵が一気に進む。筆洗があっという間に濁る。いつもは面倒だった、300m程離れた水道への水の入れ替え作業も、今日は足取り軽く向かう事ができた。
水を替え終え、戻ると、そこにはいつもと違う風景があった。
「あら、これ、あなたの絵?」
そう言ってにこやかに声をかけてきた女の子は、赤いリボンがついたキャペリンをかぶっていた。
「ああ、そうだけど。」
現実を切り離し、今まで浸りきっていた世界を見られたからだろうか。遼平は気恥ずかしさが出てきて、素っ気無く答えた。
「ふぅん。」
彼女は再び絵のほうへと目を向ける。その際、肩の辺りまで伸びた髪が、微かに膨らんだ。
「なんかいい感じだよね、この絵。」
絵を見たままで彼女は言う。声に少し弾みがある。
どきっとする。
そう言ってこっちを見て浮かべた笑みに、以前見たような懐かしい面影を感じたからだ。
「うん、あ、ああ、まぁな。」
とりあえずの返事に彼女はくすくすと笑った。その時、ワンピースを覆っている、フリルのついた淡い色のカーディガンが蝶のように羽ばたくように見えた。
彼女が帰った後、遼平の筆はぱたっと言うことを聞かなくなった。どうも、作品に集中できない。そればかりか、彼女の事ばかりが頭の中に浮かんできて、思わずカンバスに彼女の絵を描きそうになってしまっていた。
(どうも、ムリそうだな)
そう思った遼平は、道具をしまい帰路に着いた。足取りは不思議と軽い。それに加え、色々物思いながら歩いていたためだろうか、あっという間に家に着いた。
鍵を開け、中に入る。遼平の母はまだ仕事中で、いつものように家の中はしんと静まりかえっている。遼平は台所の上に鞄と画材道具の入ったバッグをぞんざいに置き、洗面所に向かう。
ガラッという音と共に、いつものように口を漱ぐつもりだった。しかし、そこには普段ではありえない光景が見えていた。
「きゃっ。」
下着姿の「彼女」がそこにいたのだ。
1993,2003
コメント